土星より、淡彩の光点を望む

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『山月記』 李徴は虎になっていなかったのだ

 

 

 ここにあるのは、虎になったという男の話であり、1942年2月発表の『古譚』中の短編『山月記』だ。

 その発表は、33歳の中島敦が作家として立つ意志を手紙に書く5ヶ月前であり、喘息の発作で亡くなる10ヶ月前である。

 

1 怪異たれ、三流詩人たるよりは

 作中の李徴氏はカフカの『変身(1915年出版)』において、グレーゴル・ザムザが虫になるように、虎になったわけではない。

 僕の読みによる『山月記』のあらましは次のとおりだ。

 監察御史(隋代以降、百官の非行を検察し弾劾することを職務とした)の袁傪氏が、旧友で、「性、狷介、自ら恃む所頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった」李徴氏に出会うのだが、李徴氏の高邁な精神は厚顔無恥に成り果て、無惨な人間になっている。しかし幸いにも、袁傪氏は李徴氏が虎になったということを信じ続けていたおかげで、李徴氏の醜態は最後まで露見することなく、李徴氏の語り全体は残月の薄幸とした感じと林間の草地から聞こえる咆哮の余韻だけを粛然と残していった。

 

 李徴氏は狂ってもいないし、虎になってもいない。このことが『山月記』を傑作にしている。

 李徴氏は袁傪氏をはじめとして、袁傪氏の供回り、そして実は読者たちの同情を誘おうとするのだが、李徴氏の語りの根幹を成す「虎になった」が嘘である可能性によって、彼の語り全体がどんでん返しを喰らうのだ。この真実は、キプリングの短編小説と同様、作中人物ではなく、読者だけが気付ける仕掛けになっている。

 ざっと調べたに過ぎないが、この説を他では見つけられなかった。ちなみに、『現代日本文學体系63』の巻末の中村光夫の解説では、「あたかも『山月記』の虎がその前身たる李徴より一層詩人らしいように」と触れているだけだが、どうも虎になった李徴をすんなりと受け止めているらしい。

 

 その理由として挙げられるのは以下だ。

  • 駅吏は道に人喰い虎が出ることを言い、袁傪氏は道に躍り出た何かを虎と思う。しかし、その場所は、残月の光がわずかに照らしているだけの、ものの見分けがつきそうにない暗い道でもある。
  • 李徴氏はくさむらの中から姿を現すことはない。その声は人間、李徴氏の声と変わるところがない。
  • 別れを告げるのは、朝日が昇りはじめ、周囲の見分けがつく明け方である。
  • 「もはや、別れを告げねばならぬ。酔わねばならぬ時が、(虎に還らねばならぬ時が)近づいたから」という李徴氏は駅吏の話と矛盾している。彼によると、人喰い虎が現れるのは夜中だ。また虎は夜行性の動物である。
  • (上につづいて)慣用句「虎になる」は、ひどく酔っぱらうの意である。
  • 李徴氏はわざわざ袁傪氏の帰途の道のりを気にしながら、人喰い虎になったらしい自身の処遇について一言もない。李徴氏は異常な事態に陥っているのにもかかわらず、彼が以前ならとったであろう態度や考え方は変わらぬままである。
  • 変身した先が虎であることに注意を向けたい。文中にあるように、虎は人からも獣からも恐れられている。他者と交わらずして、軽んじられることのないという点において、李徴氏元来の性からすれば理想ともいえる動物だ。
  • 不条理にも李徴氏は虎になったらしいのだが、何も損をしていない。李徴氏の話の中心である詩業は虎になる前にすでに失敗しているが、李徴氏は虎になったことの原因を自身の資質に求めることで、その失敗をスキップしている。いわば結果をすり替えることで、直視できないほどの悲惨さを甘受できる程度の悲惨さに塗り替えている。
  • 「あさましい」と「しるし」につく強調点に注意を向けたい。「しるし」とは勿論、彼の詩業なのだが、発狂した人間は発狂の根本的な原因を自分から口にしたりするだろうか?李徴氏は、虎になったことを指して「あさましい姿に成り果てた」というのだが、読者は、自信過剰から官吏を棒に振り、あげく家族を捨てたという、虎になったこと以上のあさましさを知っている。「あさましい」はそれぞれ違う意味を指しているのだ。ここの強調点は、李徴氏による袁傪氏へ向けた強勢ではなく、中島敦による読者への目配せだ。

 李徴氏にとって虎になるということは不条理な現実に見せかけた好都合な設定なのである。願いを取り下げる(詩人になることを諦める)やむを得ない事情というわけだ。この超現実な事情に誰も立ち向かおうとは思わない(これはカフカの『変身』と同様に)。虎になった李徴氏に、今さら彼の身勝手さ加減を責めようとは袁傪氏も思わない。詩人にはなれない覆すことのできない事情があってはじめて、彼は即興詩を披露するにいたれるのだ。

 ここまでくると、二人の境遇を描いた詩は無類の厚顔無恥と化してくる。李徴氏は虎になってはじめて、袁傪氏と並ぶことができたのだ。もし虎になる前だったら………地方官吏の李徴氏は自分を卑下することができたはずはない。彼は虎になってもなお、自身の本当の失敗については言えないくらいなのだから。

 即興詩につづく、臆病な自尊心と尊大な羞恥心の下りそのものも、自己に対する容赦ない告白では決してなく、揺るぎない不条理(という設定)に立脚することで自尊心と羞恥心を退避させた上の安全な告白だ。李徴氏の語りには羞恥心のかけらもなく、むしろ自己卑下に伴って友人の催す悲嘆こそ目的にみえる。「この天才が名を残さなかったことが惜しくてならない」と、袁傪氏が思うことを期待する李徴氏が浮かび上がってくるが、これではあまりに俗的すぎる。

 だから、息をのんで話を聞く袁傪氏一行に読者はほっとため息をつくのだ。彼らはおとぎ話を固唾をのんで聞く子どもたちにそっくりで、最終段落の咆哮に哀惜の念を覚えていそうな彼らに、ほとんど感謝を捧げたくもなる。もし仮に、一寸の疑念さえあったなら、声の主がいるくさむらを一行で薙ぎ払うことがあったなら………そこに潜む怪物は虎よりもずっと恐ろしい。

 

2 中島敦と李徴氏

 なぜ中島敦は李徴氏をこれ以上にないくらい恥ずかしい人間に仕立て上げたのか。

 この点には、『山月記』から離れたところに理由があると僕は思う。そのため、あまり興味をひかない。

 中島敦が生涯喘息に苦しめられた。彼はこの不条理に抗いつづけ、ついに勝った人だったようだ(そして、すぐに亡くなった)。李徴氏が不条理を理由に詩人たることを放棄したこととちょうど対を成している。中島敦はつまり虎になった程度では、詩業を諦めることのできぬ人であった。このあたりに、李徴氏形成の背景があるのだろう。

 

3 個人的な思い出

 辞書や漢和辞典をぱらぱらめくって読んでいると、こんなピンポイントな意味を持った言葉はどこで使うのだろうというものに出会う。芸術とは、未だどんな人間も創り出してはいないビジョンを発見するものだという定義を採用するなら、珍しい語彙を使うこと自体は芸術に寄与しないということになる。語彙は既知の意味なのだから。

 けだし、『山月記』の良さは、中島敦の採る語彙群がたちまち李徴をかたち作っているところにある。それらのどの言葉もまるで李徴を指し示すために作られた言葉かのようである。翻訳した小説が拠り所としなくてはならない、長々とした形容詞句を要さずにして、しかし、通俗的な語彙群には依らず、李徴という個性的な人格を作り出している。

 戯れに李徴を形容している語句を抜き出してみる。

 「狷介」、「峭刻」、「肉落ち骨秀で」、「眼光のみ徒らに炯々として」、「怏々として楽しまず」、「峻峭な」………

 僕はこれらの語彙に『山月記』の他で出会ったことがなく、もはや李徴を思わずにその語彙に向き合えないだろう。そして同時に、なんだかむず痒さを覚えるに違いない。

 『山月記』の第一段落をよく誦じていた友人がいた。経歴から鑑みるに立派な社会人になっているように思われ、彼の前に現れるには、虎か何かにならないといけないような気がしてくるのだ。